うつになったときの話をしよう
…もう八年前の話になる。
仕事でうつになった。
今まで肩こりとかストレスとかいう感覚がよくわからなかった自分が、まさかうつになるとは思ってもみなかった。
理由はなんてことない、過剰なストレスによるものだ。
ストレスの原因となった出来事については、とくに面白くもないので割愛するが、うつになったらどうなるかを、実体験を踏まえて書き記しておくことにする。
あくまで実体験なので、うつになった人が必ずこうなるとは限らないことをご留意願う。
朝、まず起きられない。
目は覚めているのだが、体が起きることを拒絶する。
とにかく体が重いのだ。
気合を入れて、反動をつけて無理矢理体を起こす。
最悪の目覚めだ。
これから長い一日が始まることを思うと、絶望的な気分になる。
体を引きずりながら洗面台に行き、歯を磨く。
泣きそうだ。
このまま時が止まれば、会社に行かなくて済むのに。
天変地異が起こって、会社が無くならないだろうか。
地震でも起きないだろうか。
不謹慎なことは承知だが、本気でそう願っていた。
仕事着に着替える。
動作は酷くゆっくりだ。
わざとではない。
体が思うように動かないのだ。
しょうがない。
いつも普通にできていたことに、3倍も4倍も時間をかけなくてはならない。
支度が終わり、玄関のドアを開ける。
とてつもなく重いドアだ。
外はいつも通りの風景が広がっている。
この何気ない景色が、残酷に感じられる。
徴兵令によって強制的に徴収された、覚悟のできていない民間人が、戦場へ出向くような感覚だ。
会社の専用バスに乗る。
吐きそうだ。
これはバス酔いではない、それだけはわかる。
なんらかの故障で、バスが止まってくれないだろうか。
いっそのこと、脇道の溝に脱輪してバスが横転しても構わない。
とにかく会社に行かなくていい理由が欲しかった。
危なげない足取りで、バスが会社へと近づいていく。
とうとう来てしまった。
この地獄に。
動悸が止まない。
重い腰を上げ、力なく歩を進める。
身分証のカードをゲートにかざし、会社の玄関にある改札口をくぐる。
足取りがいっそう重くなる。
漠然とした不安に襲われる。
目に映る会社の人間が、無機質でひどく恐ろしい生き物のように感じた。
倒れ込むように自分のデスクに体を預ける。
椅子に座り、何度もため息をつく。
通勤だけで、体力の9割を持っていかれる。
うつになった人ならわかると思うが、とにかく音に敏感になる。
大きな音が怖い。
別の島から聞こえてくる他人の大きな声は、自分を威嚇しているような気がした。
うつになったときの感覚はというと、これは僕なりの体験であるが、びっくりしたときの感覚に似ている。
後ろから突然大きな声でワッと叫ばれると、びっくりして体が硬直し、体に衝撃が走る。
不安感に襲われ、心臓の鼓動が速くなる。
息が浅くなり、ハァハァと余裕のない息づかいになる。
そして、とにかく怖いのだ。
何がって?
人が怖い。話しかけないでほしい。攻撃しないでほしい。
このような感覚が、朝からずーっと続くのだ。
気が狂いそうになる。
気が狂ってしまった方が、楽になれるのかもしれない。
日中は、人の話が頭に入らない。
頭の中は常に、不安と恐怖にまみれている。
それが頭の中の9割を占めているので、残りのキャパは1割しかない。
その1割のキャパを使って仕事をするのだ。
人の話の単語はわかるのだが、文章として理解が出来なくなる。
声がただの音となり、頭の中を通過していく。
すごく集中しないと、相手の話が話として理解できなくなる。
仕事をする上で、これはとても困った。
うつの感覚は、夕方になると少しおさまる。
うつの性質なのか、仕事から解放される安心感からなのか。
今日も一日乗り切ったと、ホッと胸を撫で下ろす。
どうか明日がやってきませんように。
疲れとともに、床につく。
なかなか寝付けない。
目を閉じているだけでも体力は回復するんだと言い聞かせ、とにかく床でゴロゴロする。
いつのまにか眠っていたようだが、3時とか4時に目が覚める。
早朝覚醒だ。
目が覚めてしまったら、そこからもう眠ることはできない。
なので目を閉じて眠ったフリをする。
フリでもなんでもいいから、少しでも体力の回復に努めたい。
あと数時間後にやってくる地獄を乗り切るために…。
うつになって学んだことがある。
仕事は生きるためにするもの。
仕事のために体を壊したり、病気になるのはバカバカしいことだ。
仕事が原因で再起不能になったり、自殺してしまう人もいる。
実際に、僕は仲の良かった先輩を一人自殺で亡くしている。
いい奴ほど心を病んでしまうらしい。
たかだか仕事なんかのために、自分を犠牲にする必要なんてないんだよな。
だから僕は自分の丁度いい塩梅で、適当に生きることに決めた。
些細なことで気を揉んでしまう気弱な性格は治らないが、そんな僕にこそ、ランチのメニューをサイコロで決めるくらいの適当さで人生を生きるくらいが丁度いいのかもしれない。